被写界深度を計算する時に必要な値として、許容錯乱円径というのがあります。これは一般的に「大体フルサイズなら0.03mmあたり」と指定されていて、メーカーのWebページなどで記載があったりしますが、どのようにその値を算出するのかというのはあまり明らかになっていません。ここではその計算式を追ってみたいと思います。
例: オリンパスのレンズの仕様ページには、 許容錯乱円の直径1/60mm
と記載があります。
許容錯乱円径とは
許容錯乱円径は、被写界深度(ピントの合う範囲)を計算で求める時に利用される変数です。
許容錯乱円径とは、ざっくりいうと「その円の中の錯乱であればピントがあっている事にしよう」と決める範囲のことです。数学的な意味で「ピントがあっている」と言えるのはわずか1点なのですが(正確には波長による屈折率の違いなどによって1点ですらピントは合っていない)、現実的にピントがあっていると言ってしまっていいセンサー上の錯乱の許容範囲のことです。
率直に言うと、許容錯乱円径は「自分が合っていると思う」数字を適当に決めてしまえばよくて、一般でよく使われているのがフルサイズだと 0.03 mm、APS-C なら 0.02 mm、マイクロフォーサーズなら 0.015 mm といったところなんです。自分は 0.01 mm にしたい!とか、いや自分は 0.05 mm で十分だ!とか、自由に設定してよいものです。
この記事では、自分で許容錯乱円径を決める場合の計算式の紹介と、実際に計算するツールの紹介をしたいと思います。
画素ピッチと比較してみる
もし、センサーの画素ピッチ(センサーの最小単位)よりも錯乱が小さければ、それはほぼ間違いなくピントがあっていると言ってしまって良さそうです。では画素ピッチの大きさはどの程度でしょうか?あまり正確ではないのですが、概算で「横幅センサーサイズ÷横幅画素数」で出してみます。
機体 | センサーサイズ(mm) | 画素数 | 横幅ピッチサイズ(mm) |
---|---|---|---|
Sony α7R3 | 36.0×24.0 | 7952×5304 | 0.0045 |
EOS Kiss M | 22.3×14.9 | 6000×4000 | 0.0037 |
Olympus E-M1mk2 | 17.3×13.0 | 5184×3888 | 0.0033 |
ものすごく小さいですね。フルサイズの場合、推奨の錯乱許容円径 0.03mm に対して約6.7倍も違います。言い換えると、許容錯乱円径を 0.03mm と考えた場合、6ピクセルくらいまでを「点」として認識している、と言えます(画素ピッチは同じセンサーサイズでも機体の解像度によって大きく変わるので、6 ピクセルの例はあくまで α7R3 の場合の話です)。
というわけで、画素ピッチとの比較で許容錯乱円径を求めることは、あまりありません。
なお、どれだけピントにシビアになりたいとしても、画素ピッチ以外にレンズの解像度もまた足かせになります。許容錯乱円径を 0.0045mm に設定したとして、ピントが理論上合っている範囲が確実に明瞭であるとは限りません(明瞭になることもあります)。
最終出力先を考える
そもそも写真を画素ピッチの等倍で表示する想定はあまりなく、SNSで表示したり紙に印刷したり…というのが一般的だと思います。その場合、出力先でピントが合っているように見えればそれで実用上問題ないでしょう。なので許容錯乱円径は、出力先から逆算して求めることが多いです。
A4の紙に印刷することを考えることが多いみたいですが、今はもう令和の時代、コンピューターを対象に計算してみましょう。今私が使っているコンピューターが MacBook Pro 15-inch です。このコンピューターで写真を全画面表示することを考えてみましょう。
このコンピューターのディスプレイの対角線は 15 inch、正確には 15.4 inch、約 391 mm になります。A4 の対角線が約 364 mm なので、A4よりちょっと大きいです。
人間の目の解像度を考える
さて次は、人間がこのディスプレイで点を点と認識できる最小単位について考えましょう。人間が…と言っても人の目の解像度は千差万別です。そこで、今回は少し厳し目に、「視力 1.2 の人が点として認識する」という条件にしてみましょう(普通は視力 1.0 を対象にするみたいです)。
視力は、 (視力) = 1 / (視角(分))
の計算式で求まります。視覚 1 分は 1/60 度のことで、(少し正確ではないのですが)視力 1.0 の人は角度 1/60 度くらいの解像度があることになります。視力 1.5 の人は角度 1/90 度くらいの解像度です。今回は視力 1.2 の人が対象ですから、角度 1/72 度の解像度です。
正確には周辺視野や色差などの話も絡んできて複雑になるのですが、まあざっくりと「目が良い人で 1/72 度 くらいの解像度を持っている」として問題はないでしょう。
画面上で何ミリかを計算する
さて、1/72 の解像度は、MacBook Pro 上では何ミリになるでしょうか。これは顔がディスプレイからどの程度離れているかによります。測ったところ、自分は大体いつも 50cm くらい顔を離しているようですが、ちょっとお行儀悪く 40 cm = 400 mm ほど顔を近づけて見ていることにしましょう。
これは計算で簡単に求まります。 tan(1/72°) × 400 mm = 0.097 mm
になります。画面上で約 0.1 mm 離れていれば「隙間があいている」ということが認識出来る感じですね。
センサー上で何ミリになるかを計算する
さて、画面上の 0.097mm が、センサー上では何ミリになるでしょうか?計算してみましょう。
ディスプレイの対角線は 391mm でした。フルサイズの場合のセンサーの対角線は (36mm ** 2 + 24mm ** 2) ** 0.5 = 43.3mm
で求まります。あとはただ比例させて、0.097 mm / 391 mm * 43.3 mm = 0.011 mm
になりました。
これが許容錯乱円径になります。もしあなたが、15 inch のディスプレイに全画面で 40cm ほど顔を離して画像を見る視力 1.2 の人を対象にフルサイズセンサーの許容錯乱円径を設定するならば、0.03 mm ではなくて 0.011 mm が正しいことになります!
色々計算してみよう
実際のところ、これはかなり厳し目の条件です。そもそもコンピュータで写真が全画面表示されることは少なく、普段はどれだけ大きくても画面半分くらいの表示でしょう。そうすると許容錯乱円径は倍の 0.022 mm になります。さらにそれを視力 1.0 の人が 50 cm 離れて見ることを念頭に計算するのであれば、それで許容錯乱円径は 0.03 mm になるのです。
というわけで、最初に書いたように「許容錯乱円径は適当に決めてしまえばよい」という話に落ち着くわけです。ただ、例えば 0.03 mm というのがどういう計算の末にこうなるのか、というのを知っているのは良いことだと思います。
自分の頼りにしている許容錯乱円径は、具体的にどんな条件にマッチするのか…というのを手軽に遊んでみるために、計算ツールを用意しました。よければ是非使ってみてください!